【活動報告】第73回 お江戸さるき会

最高気温19℃という予報の2026年2月28日朝10:00
茗荷谷駅に集るは15名
江戸時代この地域の谷間にミョウガ畑があったことからの地名
現在は学校や教育施設が多い住宅街であり今回は主に碑を辿るコースとなる

まずは創建1639年深光寺(浄土宗)
江戸時代後期に活躍した戯作者滝沢馬琴(1767~1848)の墓所
彼の作品200以上の中で代表作「南総里見八犬伝」がある(106冊の長編)
晩年の失明にもかかわらず長男の妻に口述筆記をさせながら完成したという

墓石には馬琴「著作堂隠譽蓑笠居士」妻・お百「黙譽静舟到岸大姉」台石には蔵書印が刻されている
寺庭はこんな感じ


↓↓柘榴






「筑後守」と記されていたので「え?筑後の人?」など思いきや「武家官位」として用いられていたようだ
戦国時代から江戸時代に旗本や大名の通称あるいは家老職の官位として称された
ちなみに井上筑後守政重は遠江(静岡)生まれ
遠藤周作の「沈黙」に登場するも外国では有名な人物であり反キリスト教の大悪魔とされている




第15代将軍慶喜終焉の地

本会でも訪れた巣鴨白山通りの「屋敷跡碑」が記憶に新しいが4年間ほど住んで山手線の敷設の騒音を嫌って小石川へと越したとのこと
(司馬遼太郎/最後の将軍)
平成22年(2010)以降国際仏教学大学院大学となっているがその広さ3400坪
南側


北側

↑↑ この大銀杏が当時の屋敷玄関前にあった


↑↑ 今井坂
敷地内↓↓

今井坂を上って春日通り

西郷隆盛が「命もいらず名もいらず 官位も金もいらぬ人は始末に困るがそのような人でなければ
天下の偉業は成し遂げられない」と大絶賛した山岡鉄舟の旧宅跡・・・はマンションになっていた!
が 播磨坂の途中に

鉄舟が幕末・明治維新の国事にて殉死した人々の菩提寺として明治16年
臨済宗国泰寺派 開山越曳和尚 開祖山岡鉄舟 それが谷中の「全生庵」である
(本会でも行きました)
「ふるさとの訛なつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく」


石川啄木終焉の地
歌碑&顕彰室



「ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」



意外と小柄な加納氏!




↑ この銀杏は圧巻


この先に「銅(あかがね)御殿}あり

この辺りで突風に巻かれてしまった




椿かな

今回の全体図
教育の森公園で暫し時間調整
コースラストのカイザースラウテルン広場は文京区とドイツのカイザースラウテルン市の姉妹都市記念として
造られた広場
数々の作品は「神話空間への招待」というテーマで創作された



今回はゆったりのんびり 途中気温上昇で上着脱ぎつつ2時間チョイのお江戸さるき会となった

記 𣘺本